ジェイムズ・ギャラガー、保健・科学担当編集委員
イギリスにいる私たちは、新型コロナウイルスワクチンの効果を弱める可能性のある、新たな変異株を生み出す危険地帯にいるのだろうか? もしそうだとして、それにどのような問題があるのだろうか?
科学者たちは、イギリス政府が新型ウイルス対策の制限措置を緩和したことで、新たな変異株を生み出すのに最適な環境を作り出していると警告している。多くの人が2回のワクチン接種を終えておらず、感染への防御を獲得できていない中、今夏に感染者数が1日10万人に達する可能性がある。
これまでのところ問題になっているのは、従来株に比べて著しく速いスピードで拡大する変異株だ。インドで最初に特定されたデルタ株は、中国で発生した最初の株の2倍の速さで広まる可能性がある。
しかし、変異した新型ウイルスは感染力のほかにも、様々な能力を獲得する可能性がある。
ワクチン接種によって、あるいは感染するなどして、多くの人が免疫を獲得すればするほど、ウイルスはその免疫を逃れる方法を進化させていく。これは免疫回避と呼ばれる。
英オックスフォード大学でウイルスの進化を研究するアリス・カツラキス博士は、「我々はおそらく(新型ウイルスが)最も進化しやすい局面にある。加えてイギリスでは、免疫回避が起こる最悪の条件が重なっている」と述べた。
「イギリスは(免疫回避が)起こりやすい状況にある。実際に起きるのかは分からないが、今ここで、そうなる可能性がかつてないほど高まっている」
なぜイギリスなのか?
考慮すべき要素は2つある。1つは、ウイルスに変異する機会がどれだけあるかと。そして、免疫システム回避はウイルスにとってどの程度のメリットになるか。
変異する機会は、感染する回数次第だ。突然変異とは、ウイルスがヒトの体の細胞に侵入し、コピーを何千も作る際にランダムに生じるコピーミスだ。感染数が多ければ多いほど、ウイルスにとって有利な突然変異を起こ確率は高くなる。
変異がウイルスにとってメリットになるかどうかは、ヒトの免疫力次第だ。
パンデミックが始まった当初は、たくさんのウイルスが存在し、突然変異の機会も多かった。しかし、免疫を持つ人がそれほど多くなかったため、免疫を回避するメリットはほとんどなかった。
将来的に大半の人が感染やワクチン接種によって何らかの免疫を持つようになれば、こうした突然変異がウイルスにとって非常に有利に働くこととなる。
それでも、人間側に免疫やワクチンによる防御があれば感染は抑えられ、ウイルスが突然変異する機会は少なくなる。
ウイルスの広まり方や人間の免疫力と進化生物学を融合させた、ウイルスの系統ダイナミクスの分野では、部分的な免疫力があり、なおかつ依然感染が広がっている状況が突然変異に最も適した環境とされる。
イギリスで2回の接種を完了しているのは成人の70%にとどまり、子供ではほとんどいない。英国家統計局(ONS)のデータによると、80人に1人が感染している。
だからといって、今後数週間の内にイギリスで必ず、新たな変異株が発生すると決まっているわけではない。ただ単に、進化の圧力によって、以前よりもその可能性が高まっているのだ。
「そうなってもらいたくないが、大きな賭けだ。今ある素晴らしいワクチンの効果が損なわれたら、世界がどうなってしまうのかなど考えたくもない」と、カツラキス博士は述べた。
免疫を逃れることに長けた変異株はすでに出現している。これらはワクチンの効果を一挙に、完全に無効にしてしまうのではなく、防御力を少しずつ破壊していく。
こうした変異株の働きは、イギリスでのほぼすべての感染を占めるデルタ株でもすでに確認されている。特に1回しかワクチンを接種していない人の場合、デルタ株がワクチンによる防御を回避するだけでなく、再感染を引き起こす可能性もやや高くなっている。
英ノッティンガム大学でウイルスを研究するジョナサン・ボール教授は、「社会が部分的免疫を獲得している場合、特にその背景でウイルスが広まっている場合は、その状況はウイルスの免疫回避を促すことになる。これは避けられない」と述べた。
「しかし、これが究極的に何を意味するのかは不透明だ」
実験室での複数研究によると、南アフリカで最初に特定されたベータ株が現時点で、免疫系回避の能力が最も高い。
一方で現実世界では依然として、ワクチン接種によって入院治療を受ける可能性を90%以上防ぐことができるという研究結果が出ている。
また、ウイルスは別に完璧ではない。進化の過程で、免疫系回避の能力を高める代わりに、トレードオフで何かを失う場合もあり得る。
新型ウイルスは「スパイクたんぱく質」を鍵として、ヒトの細胞へ入り込む。ただ、このたんぱく質は私たちの免疫システムがウイルスを認識するための手段でもある。つまり、スパイクたんぱく質の形を変える変異は、ウイルスが免疫システムから逃れるのに役立つ一方で、細胞への感染は難しくなると考えられる。
「ワクチン接種による防御を上手に回避するだけでなく、免疫力の高い人にも感染させるほど感染力が強いウイルスが出現する可能性はあるかというと、その可能性は低いと思う」と、ボール教授は話す。
「私は実のところ安心している。そこまでひどい事態だとは思っていない」
それでも、これから数カ月の間に新たな変異株が出現しないかどうか、注意深い監視が今後も続く。
2021年07月31日14:45:54